ツジツマの合わない話をする

ツジツマの合わない話をする

認知症の早期にご家族が危機感を感じるきっかけとなるエピソードの一つにツジツマの合わない話をする事が挙げられます。
ご本人の話のツジツマが合わなくなる原因は様々だと思いますが、その一つに記憶障害があります。
認知症の早期の症状として記憶障害(物忘れ)があることは広く知られていますが、その中身まではあまり知られていないようです。
今回はこの事について少し考えてみたいと思います。

記憶障害の代表的な現象として、最近の出来事を忘れてしまう事があります。
これはつい最近、数分前とか数時間前に体験したことを忘れてしまう現象です。
この特徴の記憶障害によるトラブルとしては、数日前の出来事を話題にしたときにご本人が頑強にその事実を否定して喧嘩になるパターンがあります。
この原因は認知症の記憶障害は痕跡すら残さずに「記憶(記録)」が消えてしまうために、「記憶(記録)に無い以上、そのような事実は無かったのに家族があったという。理不尽だ」とご本人が判断してしまうために生じる混乱です。

長い前置きになりました。
今ご紹介したような記憶障害以外によく起きる記憶障害のパターンもあります。
それは記憶の時間的な順番(硬く言うと時系列と言います)が狂ってしまう現象です。
例えば、数年前の記憶が昨日の体験が記録されているはずの場所に入り込んだりするわけです。
そうすると、5年前に死んだ夫との会話が昨日行われたと認識されれば、「今日は夫の顔が見えないがどこか外出しているのか」とご家族に質問することになるわけです。

更に、これに絡んだ物盗られ妄想が起きたりします。
3年前にあった皮のコートに関する記録がおとといの記録場所に移ってしまうと、「おとといまであった皮のコートが無くなった。夜中に誰かが盗っていったのだ」と推理してしまうわけです。
更に、話を複雑にするのは「作話」という現象です。こ
れは、実際は全く体験したことのないエピソードを細かく、ていねいにご本人が説明する現象です。
例えば、こんな感じです。
「昨日はどうしてましたか?」「昨日は久しぶりに仲のよかったいとこが訪ねてきたので半日ほど話し込んでしまいました。久しぶりだったのでとても楽しかったです。(実際は一日中、茶の間でテレビをぼんやりと見ていた。)」

診察室の中でご家族が同伴している場合は、このような答えが返ってくると、ご家族は何とかご本人の気分を害さないようにして、医師に実際とは違う事を伝えようと複雑な表情によるサインを送ってくれたりします。
よくあるパターンなので、医師としては、ご家族の方を見てかすかにうなずいて「わかってますよ」というサインを送り、何気なく、次の話題に移ります。
ご家族は心の中で「病院では誤魔化して嘘ばかり言って、先生は騙されないかしら」とやきもきするようです。

このような事が起きるとご家族としては「わざと取り繕って病院ではごまかしを言っている」と思いたくもなりますが、そうではありません。
この現象は本人の中で記憶の空白を埋めようと無意識のうちに心が動いて自然に偽の記憶が出来上がってしまうと考えた方が事実に近いと思います。
どうか、ご本人を「人前ではごまかしてばかりいる」と批判したりしないようにお願いします。
この作話という現象は通常無害ですから、そのまま様子を見てよいものですから。

今回はご本人との会話からご家族がつい困惑してしまいがちな症状をいくつか、ご紹介しました。
いかがでしょうか。
似たような体験をしていませんか?