○○(例;骨折)で入院したのに急にぼけてしまった!

高齢者の急な入院では、時々、タイトルのようなお話を聞くことがあります。
○○の部分は色々な病名が入ります。このような場合、ご家族としては「病院で妙な薬を飲まされてぼけてしまったのかしら」、「何か妙な治療でもされたのかしら」と疑いたくなるのも当然だろうと思います。
しかし、病院の治療、療養環境などに全く落ち度が無くてもこのような事は時々生じてしまいます。

まず、お話を整理したいと思いますが、認知症が数日の間に生じるということはありません。
健康だった高齢者が数日あるいは数週間のうちに急にぼけてしまったように思えるときは、背景に脳外科的疾患(例;慢性硬膜下血種)や内科的疾患(例;肺炎)などが隠れているのが普通です。
総合病院を受診して診察してもらう必要があります。

話をもどします。
タイトルのように骨折などで入院した時に、自宅では安定していた高齢者が急に興奮し、療養上の指示に全く従えなくなることが生じるのは大きくは二つに分けられると思います。

一つは「せん妄」です。
これはいわば、脳の「病的寝ぼけ」です。
多彩な原因で脳の機能が低下し意識が軽く濁った時に高齢者でよく生じる現象です。
普通、意識が低下した時には動かなくなって、話しかけに反応しなくなったりしますが、高齢者では意識が軽く濁って周囲の状況がわからなくなった状態でも、動かなくなるどころか、興奮して動き回ったり、人によっては幻覚や妄想を伴うこともあります。

このような病状が生じる原因は多様ですが、まず挙げられるのは老化そのものも関係するという事です。
若い人たちとは違って、高齢者では脳の予備力が低下しているため、些細な環境変化でも脳の機能が低下して病的な寝ぼけ(正式には意識障害と言います)が生じやすくなっています。
そうすると、病院という特殊環境(例;他人と同じ部屋で一日を過ごす。
検査や診察で緊張しなければならない事が次々に起きる。
夜になっても話し声や足音が聞こえて静かにならない。
時々、巡回のライトで部屋の一部が明るくなったりする・・・)では自分の持つ生活リズムが乱れます。
特に寝る起きるのリズム(医学的には睡眠・覚醒リズムと言います)が乱れてしまうことが簡単に起きます。

若い人にとっては不快ではあるが十分に適応できるこのような環境変化でも、予備力の小さい高齢者では脳の限界を超えてしまい、病的な寝ぼけ(意識障害)が生じてしまうのです。
更に、本来の病状による身体不調もそれに加わります。

最近はあまりないかもしれませんが、昔のベテランの内科医などは、このような状況が生じた場合は病状が許す範囲で出来るだけ早く自宅へ退院させることがありました。
その結果、退院後、すぐにせん妄が改善し、ご家族も安心するケースを目撃したことがあります。

もう一つ、別の状況もあります。
それはせん妄ではなく、軽い認知症が隠れていた場合です。
認知症が徐々に進めば、認知能力の低下により環境への適応力も当然に低下します。
しかし、自宅とその周辺の活動だけで毎日の生活が成り立つ条件の場合は、認知能力が低下してしまってもそれなりに生活が保たれていて、周囲がそれに気づかない場合があります。

このような条件の高齢者が救急入院した場合、病院という特殊環境になじめず、パニックから興奮となり、ひと騒ぎが生じる場合があります。
このような場合、早めに自宅へ戻った方がよいか否かはケースバイケースですので、一概には言えません。
ただ、入院したから急に認知症になったわけではありません。
認知症による適応力の低下がありながらも自宅では適応できていたのが、全く異質な病院環境ではうまく適応できず、背景の認知症が露わになっただけなのです。

いずれにしても、病院の環境が自宅と大きく異なることが問題となります。
しかし、病状によっては命に関わるような状況と24時間向き合う場所が病院なので、このような混乱を完全に避けるような環境とすることはなかなか難しいことでしょう。このような混乱は今後も続かざるを得ないのではと考えています。