ご家族の皆さんへ

今回は認知症の患者さんのご家族への呼びかけです。
毎日、認知症の患者さんを診察していると、患者さん自身の気持ちも気になりますが、同時にそのご家族の気持ちについても考えさせられる事を多く経験します。

特に入院を希望して同伴した時のご家族に非常に多く見受けられるのは、強く動揺しながらもそれを冷静に抑えてお話している方です。
限界まで頑張った末に決断し、来院する方がほとんどですが、息子(娘)さんにお話を伺っている最中にも動揺が見え隠れします。
多くの息子(娘)さんがそうなので、支障の無い範囲で事情を伺うと、多くの方に共通しているのが、当事者の息子(娘)さん達は悩んでいるのは自分ひとりだろうと思いながら悩んでいることです。

具体的には二つの言葉にまとまる心理状態だと思います。
不全感と罪悪感です。
客観的には頑張ったが限界に達して来院している方がほとんどで、入院の適応を十分に満たしているのですが、いざ、入院となると子供の時の世話になった事が思い出され、「自分は息子(娘)としてベストを尽くしたのだろうか」、「精神科(当院は認知症専門の精神科病院です)に入院させるのは申し訳ないことでは無いか」という思いです。
子供の頃に深い愛情を注いでもらった方ほど、その思いは強いようです。
人間としてよく理解できる当然の心境だと思います。

しかし、冷静によく考えてみると、ご本人を必要時は入院させ、改善したなら、自宅でまた同居するか、生活能力が低下(じわじわ進行していく病気で入院中も生活能力は徐々に低下します。問題行動の改善が治療の目標となります)して家庭で対応可能な範囲を超えたなら、適切な施設にお願いすることは自然なことでは無いでしょうか。

良い事か悪い事かわかりませんが、今の日本は昔よりも物質的にははるかに豊かになりました。
私は高度経済成長時代に少年期から青年期を過ごした人間ですが、子供の時は想像できなかった程、素敵な「物」が世の中にあふれています。
しかし、社会・経済構造の変化で、家族の多くが働きに出ないと生活が維持出来ず、「時間貧乏」が進行しているのも事実です。

息子(娘)さんが全てを投げうって、介護に専念する事は経済的に困難であり、また、高齢化に伴い、認知症介護期間の長期化と共に身体的合併症の複雑化が起きており、家族のみの介護で対処することが技術的、物理的に困難となっています。
また、全てを投げうって介護に専念することは息子(娘)さんの経済、健康、家族関係他を破壊する結果につながります。
目をそむけたい事実ですが、今の世の中では常識になってしまいました。
必要な治療、介護は専門機関にまかせ、子供さんたちは自らの仕事、健康、家庭の維持を務め、可能な範囲でご本人の介護を行う、支援する、それで丁度よいのだと思います。
子供さん達の生活が崩壊してしまえば、ご本人を支えてあげる人が居なくなってしまいます。

介護はマラソンです。
100m競争ではありません。
全力疾走ではすぐに倒れてしまいます。
「至らない、申し訳ない」と思うのは多くの人々に共通するごく当たり前の心情ですが、それに押し流されないで、冷静にまず自らの足場を固め維持しながら、ご本人に提供出来る介護を行ってください。
多くても、してあげたい事の3-4割に留めてください。
「これくらいでよいのだろうか」と思うくらいが丁度よいのです。
マラソンですから、ペース配分に気を付けて息切れしない介護をするよう強くお勧めします。