何とか、病院を受診させたいが
今回は私個人の考えをご紹介します。
認知症の早期(もの忘れが目立ち、通帳の管理が出来ない、バスを利用できないなど複雑な事は出来ない。しかし、季節にあった服の選択などはまだ出来る段階)の患者さんは、まだ自宅で過ごしていることも多いと思います。
その際、ご家族が初めに悩むのはどのようにして病院を受診させようかという点ではないでしょうか。
妙案があるというわけではありませんが、このような場面で頭に入れておいた方がよい事を少しご紹介します。
第1に挙げるのは認知症の患者さんの多くは自分が病気であるという認識(「病識」と言います)がほとんど、あるいは全く無いということです。
ご本人のことを気遣う周囲の人たちは、ご本人に早く病気を気づかせて積極的に治療を受けるようにさせたいと思いますが、このような努力は通常、無効です。
これはご本人の心構えが悪いのではなく、これらの病気の特徴なのです。
ですから、ご本人を病院に連れて行こうと思った時に「あなたは認知症の疑いが強いから受診しなさい」と言うと、ご本人は激怒し人間関係が悪くなるだけです。
2番目に強調したいのは「認知症」に関してはマイナスのイメージがつきまとうことです。
昔は「うちの○○が認知症になるはずがない」などと怒り出すご家族もいました。
さすがに認知症についての知識が普及した現代ではそのような話は聞きませんが、それでも「認知症になると社会から脱落し、一人前として扱ってもらえない」というイメージは広く持たれているのではないでしょうか。
もちろん、患者さん自身もそのようなイメージを持つことが多いので、余計、「私は認知症なんかではない!」と強く否定する気持ちになりやすいと思います。
3番目に挙げたいのは認知症の患者さんは上記のように自分が認知症という自覚はありませんし、周囲が説明しても怒り出すだけなのが普通ですが、失敗の頻発による漠然とした違和感(例;「こんなはずではないのに」)を持ち、不安感、とまどい、自分の今まで築いてきた立場や生活の喪失へのおそれ(例;「このままでは脱落してしまい、世間から相手にされなくなる」)という思いを持っているのではないでしょうか。
そして、今までの立場、生活を何とか維持していきたいと必死の思いではないでしょうか。
そうすると、受診により、自分が認知症という「烙印(らくいん)」を押され、今までの立場と生活を失うおそれがあるとすれば、当然、強く、受診を拒否する人が多いのではないでしょうか。
ですから、「あなたは○○、□□、△△の点があるので認知症の疑いがある。だから、病院で診断してもらいましょう」と説得しても無効どころかゴタゴタを誘発させるだけではないでしょうか。
絶対にこのような説得は避けるべきです。
次に避けるのは患者さんを叱りつけて受診を強要する方法です。
家族としては「受診させ、お医者さんから言ってもらえば本人が納得するのでは」と思い、熱心に受診を勧める気持ちになるのは自然でしょう。
この「お医者さんから言ってもらう」という方法はある程度、有効な場合もあると思います。
しかし、ご本人に対して怒り無理やり受診させるのはかえって逆効果です。
ご本人は頑固に受診を拒否するだけで、そのうちにその時の会話の具体的内容は忘れてしまいます。
しかし、いやな事を無理強いされたという感情は残りますので、人間関係のひび割れが大きくなるだけに終わりがちです。
それではどうしたらよいでしょう。うまく行くかもしれない方法を少し挙げてみます。
まず、話の組み立てですが、「もしかすると認知症になるかもしれない。早く、診てもらって認知症にならないように手を打ってもらおう」とすると比較的、納得してもらえることが多いと思います。
実際にどの程度、進行防止が出来るかは微妙ですが。
ある教科書には泣き落としが有効な場合があると書いてありました。
「認知症になるのではないかと心配してしまう。何とか私を安心させるために受診してほしい」と説得する方法です。
このような説得法は、(私は経験がありませんが)確かに有効な場合があるだろうと思います。
「家族を安心させるためにひと肌脱ごう」という気持ちは本人の立場を守りたい願いとつながっているからです。
これが定番でこうすればうまく行くという方法はありませんが、考え方のヒントになるかもしれないと思い、少しご紹介してみました。
最後に実際の受診になった時の注意点ですが、(特にアルツハイマー型認知症の場合は、)診察場面ではそつなく振舞える人もあります。
診察前に看護婦さんへ自宅での様子・問題点を書いたメモを渡しておいた方が安全です。
診察に同席してもご本人に遠慮して失敗の具定例を挙げる機会を失い、心理検査、面接所見であきらかなものが見つからない場合は「現時点では認知症とは言えない」と帰されてしまうおそれもありますから。