「作り話」をする

認知症の患者さんが「作り話」をすることが時々あります。
物忘れがひどく、数分前のことも忘れているのに、お医者さんの前に行くと、「昨日は温泉に行って楽しく過ごしました」などと自然な口調でもっともらしく話したりします。
女性の場合は、生活全体を家族の世話になっているのに「毎日、夕食は私が作っています」などと話したりすることもあります。
同伴したご家族としては、慌てて訂正したり、訂正するのを遠慮してじっと我慢してご本人の話を聞いていたりします。

作り話の内容はたいてい他愛のない話で、聞き流してもかまわない内容ですが、家族としては誤解されるのではと心配しながら聞いていることも多いでしょう。
苦労しているご家族ほど、「あんなに世話になっているのに誤魔化して!」と怒りたくなるのが自然でしょう。
困っているご家族に申し上げます。
確かにこれは作り話です。
医学用語でも、そのまま「作話(さくわ)」と呼びます。
ただし、これはご本人が意図してやっているわけでは無いのです。
認知症により少しずつ、脳が壊れて脳機能障害が進む過程で生じる現象であり、ご本人はそれを作り話とは思っていません。

なぜ、この様な現象が生じるかは正確にはわかっていません。
脳機能障害の立場から説明しようという人もいるようですが、私はこの現象を心理的な立場から捉えています。認知症の人の多くは常に混乱、困惑、不安の中で生きています。
次々に予測していなかった事態が訪れ、過去の経験を活用してそれを乗り越えようとしても、過去の記憶は欠落していたり、あいまいだったりしています。
そのような状況で数日前の行動などを聞かれた場合、無意識のうちに記憶の欠落を埋めその場を乗り切る仕組みが働きだし、古い体験や想像、願望などから好みの状況の偽の記憶が選ばれ、浮かび上がるのではないでしょうか。

このような作り話はほとんどがその場しのぎであり、すぐにその事自体を忘れてしまいます。
生活上、有害となる心配はまずありません。
医師の診察場面などで状況を誤解されないようにする必要がある場合は、診察後、看護婦さんに内容の訂正をお願いしてもよいでしょうし、前もってメモを用意しておいて看護婦さんに渡しておいてもよいでしょう。
社交的場面なら、そのまま、聞き逃しておいてもよいでしょう。

いずれにしても、その場ですぐにご本人の話を否定するのはご本人のプライドが傷つき、その後の不機嫌などに結びつくことがあるのでお勧めできません。
その場では(苦笑いしながら)聞き流す事をお勧めします。
繰り返しますが、病院の診察場面など特殊な状況以外では実害は普通ありません。