「物盗られ妄想」を考える

アルツハイマー型認知症では物盗られ妄想を生じることが多いと思います。
この妄想では、一生懸命、ご本人のお世話をしてあげている人(例;お嫁さん、娘さんなど)が妄想の対象になりやすい傾向にあります。
苦労してお世話しているのに妄想の対象となってしまうので、お話を聞いていて、対象となった人が気の毒に思えます。
この妄想の成り立ちをどう考えるかは微妙なところですが、私は以下のように解釈しています。

認知症になり、物忘れが増えるとしまい忘れ、置き忘れが生じます。
しまった事、置いた事そのものを完全に忘れてしまうため、本人の認識としては、「あるはずの物が急に無くなった」ということになります。
また、記憶の順番が混乱し、5年前の記憶が昨日の記憶になったりします。
そうすると、当然、5年前にあった物が今は無くなっていることは起こりうるわけです。
しかし、本人の捉え方としては、「昨日まであった物が今日は突然に無くなっている」と思います。

ここからが問題となる点です。
客観的には本人のしまい忘れ、置き忘れ、勘違いなどが原因ですが、本人は物忘れの自覚はありません。
そうすると、あるはずの物が無いのは誰かが盗ったのではないかという推理が生じます。
残念ながら脳機能低下があり、自分は病気という意識は極めて希薄なので、傍から見ると「邪推」でも本人からは正当な疑いになります。
そのため、「盗る可能性がある人」をまず疑います。
本人の世話をしてあげている人がその対象に選ばれます。
その結果、本人は疑った相手を詰問することになります。
疑われた相手は、もちろん、半ば怒ってそれを否定します。
本人は「怒ってごまかしている」と曲解し、増々疑います。
それを繰り返しているうちに疑いは確信へ、やがて妄想へと「進化」していくのではないでしょうか。

もちろん、全部の症例がこのような心理となる訳では無いと思います。
しかし、一部の物盗られ妄想は、本人の不安を和らげるようにお話をしたり、環境を整えるだけで軽快するように思える場合もあります。
もしも、ご家族でこのような妄想が生じてきた場合は、怒る(そうなるのが当然ですが)前にぐっと我慢して、本人の不安を減らすために一緒に探してあげたり、無くなって本人がいかに困ったかを聞いてあげるのはいかがでしょう。
全員にとっての解決策ではありませんが、試みて損はしない対応方法だろうと思います。