「場面でガラッと態度を変える」ので驚いた
代表的な認知症として「アルツハイマー型認知症」は広く知られているのではないでしょうか。
また、最も多い病型でもあります。
この病気にかかっている患者さんのご家族から、時々、「家庭内では物忘れも目立ち、色々な失敗を繰り返しているのに、他人の前ではガラッと態度を変えて上手に取りつくろってしまう」と、困惑を混じえたお話を伺うことがあります。
各家庭内の人間関係により、評価が分かれるようですが、ご家族から「わざと芝居をしているのでは」と半ば疑うような雰囲気を感じることもあります。
しかし、この現象はご本人が芝居をしているわけではありません。
ご本人の性格に問題があって、このようにふるまっている訳でもありません。このような現象は、アルツハイマー型認知症の患者さんで多く共通して見られるものであり、病気と関連して生じる症状であり、患者さん自身の性格や価値観で生じるものではありません。
私はこのような現象を次のように理解しています。
アルツハイマー型認知症の初期では、脳の中でも記憶に関する部分や地理に関する部分などが早くから障害されやすいので、物忘れや迷子が比較的目立ちやすいと思います。
それに対して、脳の中の社会的な対人関係を司る部分は比較的障害されにくいので、自分の社会的立場や社交技術は早期には残っていることが多いのです。
そうすると、他人とお付き合いするときに如才なく対応するのは、社会人としての基本ですから、認知症の患者さんも「失礼のないように」かつ「失敗して気まずい思いをしないように」とふるまうのは当然のことでは無いでしょうか。
家庭内で患者さんの面倒を見て苦労しているご家族は、苦労が大きいほど「誤魔化している」と思いたくなるのは当然でしょう。
しかし、今、ご説明したような脳障害に基づいて自然におきる心理現象であり、本人が意図したものでは無いのです。
アルツハイマー型認知症に限って言えば、ほとんどの人に共通して生じる現象なのです。
また、脳の中で無意識のうちに起きる現象なので、本人はそれを自覚していません。自覚していない上に、指摘されても自覚できるものでもありません。
当然、それについて改めるように話しても、本人の立場としては「身に覚えのない事でいいがかりをつけられた」としか受け止められないことになります。
その結果、本人が怒り出し雰囲気が悪くなることも起きやすいでしょう。
ですから、社交的な場面なら、そのまま、ニコニコ笑って、お話に付き合うのが賢明でしょう。
病院の診察など、実態を伝える事が必要な場面では、ご本人が何気なく取り繕っても、その場で指摘はせず、必要な場合は本人がいない場面で家庭内の実態を伝える方がよい(あらかじめ、看護婦さんへメモをわたすのが効果的です)と思います。
いずれにしてもご本人のプライドを傷つけない配慮が欲しいものです。
認知症の場合、具体的なエピソードの記憶、技術的な記憶(数字、場所、名前など)は失われやすいのですが、傷ついた感情の記憶は残りやすく、しこりを残しやすい傾向がありますから。