「せん妄」について考える。-ジキルとハイドの巻-

皆さんはジキルとハイドの話を聞いたことがありますか。
正確に言うと「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件」というタイトルの小説の中で出てくる人物のことです。
この小説は19世紀にイギリスに書かれました。
内容は、社会的に成功した紳士のジキル博士とその友人?で、会う人に不快感を感じさせる殺人犯のハイドが実は同一人物であったという物語です。
2重人格をモデルにした、非常に有名な小説です。

ところで、これと似たような事が認知症の患者さんでもよく見られます。
アルツハイマー型認知症の患者さんが外面(そとづら)がよいのは有名ですが、どの認知症でもそれとは全く違った現象で「せん妄」という症状が起きることがよくあります。
これは朝から昼までは穏やかで礼儀正しい患者さんが、夕方頃から妙にそわそわして不機嫌となり、朝には通じた会話が成立しなくなったりします。
もっと極端だと、夜になるに従い、どんどん興奮し、まとまりなく話し続けながら妄想のような事を叫び続けたりします。
それが数時間以上続き何とか寝てもらうと、次の日にはまた、いつものように穏やかな人にもどり、昨晩の騒ぎは何だったのかと思ったりします。
この現象がせん妄です。

わかりやすく例えると「病的な寝ぼけ」とでもなるのでしょうか。
正確な話は複雑なのでイメージで説明します。
認知症等で脳に故障が生じると、夜になり脳の働きが落ちてきたときにアンバランスな形で脳機能低下が低下し、まだ体は活動しているのに脳の一部が休んでしまいます。
意識が妙な形で濁ってしまうわけです。

例えると脳の中のブレーキの働きが低下してしまい、アクセルの働きがまだ残った状態になるわけです。
アクセルは踏まれているのにブレーキが効かなくなれば車は暴走します。

同じような事が脳の中でも生じるので興奮が生じることになります。
脳の働きは全体としては落ちているので、現実と空想、想像、過去の記憶などと区別がつかなくなり、現実から離れたつじつまの合わない話をすることになります。
意識が濁っているので話もまとまらず、せん妄の最中に生じたこともほとんど忘れています。

この結果、昼間は穏やかなのに、夜になると人が変わって興奮し怒り出し、訳のわからない事を言い、家族をへとへとにさせ、翌日になると元の人柄にもどり穏やかになり、昨夜の興奮について訊いてもさっぱり覚えていないことになります。

都合がわるいのでとぼけているのだろうと疑いたくもなりますが、これは脳の故障により生じる病的現象でご本人の考えとは全く無関係です。
また、心の問題ではなく、脳という臓器の故障なので説得や気配りは無効です。
せん妄を起こしにくくする環境面の工夫もある程度有効ですが基本的には薬物が必要になる事が多いと思います。

冒頭にジキルとハイドの物語を紹介しました。
この話は怪奇小説なので作家の頭の中で作られたものですが、認知症においても、せん妄によりジキルとハイドに例えたくなるような昼の顔と夜の顔が全く違ってしまう現象が生じます。
このようなエピソードに出会ったときは、本人の人柄や人間関係のせいにしないで、まずは精神科にご相談下さい。